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なぜ「名店」はわかりづらい裏通りに多いのか

ハレの日の気分まで買うつもりかどうか


まず、名店とは何か。ここでは食べること自体が純粋に好きな美食家が集まる店、あるいは“通”が愛する店と定義しておこう。




そういった名店は、私自身の経験からしても、駅から離れたわかりづらい裏通りや住宅地に隠れ家的な形で存在していることが少なくない。なぜなのか。店の立地に関して、「裏通り」の反対といえば、最近なら六本木ヒルズや東京ミッドタウンなど「大規模商業施設」が代表といえるだろう。施設内のテナントとしての出店だ。



両者を比較してみよう。当然差が出るのは「場所代」である。裏通りなら地代や家賃は割安だし、場合によっては自分の土地建物だから家賃ゼロというケースもありうる。一方、大規模商業施設の場合、テナント料は売上高の何%という形となる。施設オーナー側も有名店には入居してほしいから多少割引するが、それ以外の店なら15%もの高率を要求されるケースもある。



高い家賃を払ったうえで利益を確保しようと思ったら、おのずと「客数はできるだけ多く」となる。それには多くの座席数が必要だ。座席数を増やせば、スタッフも当然増える。しかも、有名施設内となれば、サービスの質や雰囲気も問われるから、簡単に大学生のアルバイトを雇うわけにもいかない。結局、家賃だけでなく人件費も割高になるのである。



「家賃+人件費」を、飲食店を経営するのに必要な「固定費」と考えると、その比率が小さいほど食材費(料理の原価)に回せる金額は多くなる。



裏通りで店主ひとり、あるいは夫婦だけで切り盛りしているような店なら固定費は少なめで済むだろう。それだけコストを食材費に回すことができ、料理そのものが美味い店でありうる余地は広がるわけである。



裏通り店と有名施設テナントをモデルケースで比較してみると、家賃は8%対15%、人件費は30%対35%という数値が一つの目安になる。これを見れば、食材費に回せる比率がかなり異なってくることがわかるだろう。



裏通りで家族経営なら、人件費はさらに圧縮できる。店主=従業員だから、最悪の場合、店主のための利益を確保しなくても成り立つのである。たとえば夫婦で年間700万~800万円の人件費が計上できれば、それだけでも夫婦はまあ普通に生活はできる。従業員への支払いに要する人件費と店主のための利益とを区分して別々に確保する必要がない分、圧縮が可能なわけである。




一方、大規模商業施設内に立地して固定費が高い店の場合、オーナーのための利益を確保するために、原価を抑える一方で、料理の価格は高めに設定することになる。それでも東京の有名施設ともなれば全国や海外から毎日異なった客が大勢集まってくる。いわゆる一見さんだ。一見さんは「今日は結婚記念日だから」とか「○○のお祝いで」と、ハレの日としての需要が多く、高めの価格に対しても財布の紐は緩みがちだ。



しかし、このような大規模施設店の抱える事情や状況は、純粋に安くておいしいものを求める消費者側からすると、あまりメリットはない。




もちろん裏通りの名店も初めから遠くてわかりづらい場所を望んだわけではないだろう。家賃などの問題でそこで商売を始めざるをえなかったケースが多いはずだ。しかし固定費負担の少なさを、きちんと料理の質に還元したからこそ不利な立地条件にもかかわらず生き残り、結果として常連を抱える名店となったと言うべきなのである。



PRESIDENT 2010年5月31日号
文教大学准教授 横川 潤 構成=小山唯史